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zoom RSS 米長会長との思い出

<<   作成日時 : 2012/12/23 04:12   >>

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米長会長とお話させていただくようになったのはリコー杯女流王座戦の設立が決まった2011年の1月だった。
社内で棋戦立ち上げが決まってから、詳細をつめていく段階。
一番重要な棋戦のコンセプト、参加資格、持ち時間、棋戦方式、対局料、対局場所などを一ヶ月あまりで決めなければいけず大変な時期だった。

連盟に当時、渉外担当だった青野先生宛に電話をかけたら、でられたのが米長会長。
恐縮しながら名乗ると、「ここで私が電話に出たのも何かの縁なので二人で食事をしましょう。」とおっしゃられ、千駄ヶ谷駅前近くのお店で食事をすることに。

米長会長からは、斬新なご提案をいくつかいただきなかには正直、困ったこともあったのだが、それだけこのリコー杯のことを考えてくださっているというのが嬉しかった。
その後も何度かお会いしたり、電話をくださったり、今ではとても懐かしい思い出だ。

そして、2月某日には青野先生、上田さん、矢内さんとリコー本社にご挨拶にきていただき、社長以下、役員の方々と話をしましたが、巧みな話術でみんな米長会長のファンになっていった。

印象に残っているのは、羽生さんにセミナーをお願いしたいと申し出た時、米長会長から「羽生もいいけど、ここにいる米長もなかなかいい話をするんですよ。」とおっしゃっていただき、それではとのことで大阪でのセミナーの講師をやっていただいた。
また記者会見やことあるごとに米長会長にご出席いただきました。

最後にお会いしたのが今年10月に行われた日経フォーラム。

講師をお願いすることは企画した5月から決まっていたのですが、体調が優れないのを察して、「会長にはぜひお願いしたいのですが、体調が心配ですのでご無理しないでください。」と話をしたところ、「ここは俺が責任を持ってやる。」とおっしゃっていただきました。

当初の講演時間は50分だったのですが、体への負担を考えて30分にすることに。
会長のことだから「なんで羽生さんが1時間なのに俺が30分なんだ。」っていわれないかなとか、その時になんて言おうかなとかまで考えていたのですが、「お気遣いいただきありがとう。」と言われほっとしたのをよく覚えています。

そして、当日。
本当に素晴らしい講演で200人あまりの聴衆がみんな米長会長の話に引き込まれていました。
帰り際に上司とお礼のご挨拶にいったのですが、その時に自分のことを見つめてくださり「どうだ、よかっただろう?」と言いたげなあの表情が今でも思い出されます。

米長会長は、こんな下っ端の自分にもいろいろ話を聞いてくださり、また気遣っていただきました。そしてお会いすると「これはこれは」といつも優しく声をかけてくださりました。

米長会長、本当にお世話になりました。そして、ありがとうございました。

思い出の写真はこの一枚。
2年前の王位戦の表彰式だったのですが、記念写真をとろうということになり、米長会長に促されて、センターに。
大変恐縮したのをよく覚えています。

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